ARCHIVES : 2005年12月
初台 DOORS、さかもとえいぞう氏主催イベントに来てくれた皆さん、ありがとう!
キーボーディストとは短い期間で合わせたんだけど、最高だったよ! 普段のライブとは違う雰囲気のイベントだったから意外な曲も準備したけど、楽しんでもらえたかな?!?
リハ風景↓
さてさて、前回のブログに書いた通り、来年はライブはやらない事にした。(もしかしたらイベント出演などはあるかも・・・)
ということは・・・
・・・セカンドアルバムを来年リリースします!
具体的な事は、時期が来ればこのサイトやブログでも公開するつもり。
今年はファーストアルバム「Ankh(アンク)」がメインの1年だった。
今までAREA51を知らなかった人に自分達の音楽を届ける事ができ、多くの人がアルバムを聴いてくれた事が誇りだね。
AREA51を愛し支えてくれたファンの皆さん、様々な機会を与えてくれた皆さん、力を貸してくれたスタッフのみんな、アルバムやライブを作り上げてくれたメンバー、みんなに感謝! ありがとう!!!
来年はバンドにとってはセカンドアルバムの年。皆さんにとっても良い年でありますように!
今年もあと少し! そして12月28日 初台 DOORS ライブまであと2日!
今回のライブを見逃すと、、、来年はライブが無いかも?!(えっ?!)知れないので、ぜひぜひお越しくださいね! スペシャルな年末イベントにふさわしく普段と違う曲も用意しました。
調整に出していたメインギターも完璧な状態で戻ってきて臨戦態勢バッチリ!
触れるのが遅くなったけど、Ankh のアートワークの話。
ファーストアルバムを作るに当たって、ジャケットやパッケージをなるだけ特別な物にしたいと考えていた。そこでこのバンドの方向性やコンセプトを理解してくれるデザイナーを探して、デザインしてもらう事にしたんだ。
俺達は幸運にもすぐに素晴らしいデザイナーに出会う事が出来た。今回一緒に仕事をしてくれた HDB の Yoji 氏だ。最初に彼に会った時に、このバンドの考え方・やり方を伝えて、それならこういうパッケージを目指そうっていう方向性ですぐに意気投合できたんだ。
ジャケットやパッケージは作品の生命線でもあるし、バンドのコンセプトやメッセージを詰め込む事も出来る。だからこそ理解し合ってやっていく事が大事だったんだ。
それを実際に具現化していく過程では、実に多くのプロセスを経たんだ。一旦完成しかけた段階で全てを破棄した事もあった。お互いが納得出来るものを作るために、本当に多くの時間と労力を費やしてもらった。
そうやって出来たアートワークについて少し触れると、バンドのサウンドやコンセプトを示すものとして、表は絶対「ヘヴィ・メタルなアートワーク」にしたくなかった。その代わりパッケージ裏は「ヘヴィ・メタルなアートワーク」にした。実はこのバランスこそがAREA51のサウンドやコンセプトを象徴しているんだ。
ブックレット自体の表・裏の対比もそうだ。ケースを開けて右にディスク・左にブックレット裏が並んだ時の対比もそうなっている。他にも色んなギミックがあるから、手に取って隅々まで眺めて欲しいね。
音だけじゃなくて、アートワークにまで拘りを持って作りあげられた事に満足している。絵を書いてパッケージを作る実際の作業は自分がやった訳じゃないけど、自分が作ったのと同じように思い入れが持てるアートワークになったと思っているよ。
HDB Yoji 氏のサイト
http://risingsun.heavy.jp/
Ankh が発売されて間も無く、彼から脱退の意思を伝えられた(アルバム発売後のライブ時点で既に決まっていたんだ)。「AREA51での活動には満足しているけど、自分の将来を考えた時に完全に自分が望むものではない」という事だった。
以前もそういう話はあってその時は慰留したんだけど、今回は引き止めなかった。引き止めてはいけないと思ったんだ。それはアルバムという区切りを付けた後だったし、彼が2年半このバンドのために動いてくれたからね。
俺は楽曲を書いて、それをメンバーに表現してもらえるという本当に幸せな立場だから、その分出来るだけ良い結果を導くために、持てる力をこのバンドだけにつぎ込んでる。だからといって「俺とやってれば必ず大きな舞台で活躍出来るよ」なんて無責任な事は言えないんだ。
だから、彼に言った。もし諦めて故郷に帰る時が来るとするならば、その時・・・「AREA51で終えて良かった」って心の底から納得出来るのか? 「自分の活動で終えて良かった」って思えるのか? を考えればいいんじゃないかなと。そして彼は後者を選んだ。
確かに寂しい別れではあるけど、彼は「東京に勝負しに来た人間」なんだ。たまたまこの地に生まれて活動している人には分からない何かがある。それは俺もまた同じだ。
彼が去っていったのは、音楽性の相違でも、考えの相違でもなく、自身の新しい可能性に挑戦するためだ。